現代における「日本人」とは、日本の「常識」とは何か

今年は日本にとって大きな転換点となることは間違いありません。

例えば外交。例えば政治。例えば皇族。

来年天皇陛下の生前退位が決まりました。昭和天皇崩御を経験した私にとっては、非常に違和感のある事態ですが、陛下ご自身のご意思です。一方外交では東アジア情勢が緊迫しております。

日本の国の中に眠る政治的な伝統は、多くの国民に知らされずにいます。

そして、政府要人や公務員ですらも知り得ない事もまだあるかもしれません。

戦後に日本を成長させていくのに貢献した多くの公営企業は民営化され、官僚組織も解体を叫ぶ声も度々聞かれます。日本の意思か、市民の意思か。なんの力かはわかりませんが、この国は「リニューアル」の時期を迎えているといえるでしょう。

そんな時だからこそ、日本の中で培われてきた文化を今一度確認したいと思うようになりました。

 

この社会では通過儀礼がほとんどその意味を失いつつあります。情報は子供でもスマートフォンで手に入れることができます。経験することなしに、かこの経験者の言葉を経験して、通過儀礼を経て得た体験の知識ではない知識を得て子どもたちは知識だけは大人と同等になりつつあります。

 

しかし、この国の文化や作法には、非常に効率的で、失敗のない便利な知恵も多く含まれています。

そうした情報は、子どもたちに伝わっているとはいえません。そういう時子どもたちは携帯で検索するでしょう。どんなマナーを注意すればいいのか。どんな言葉を使えば良いのか。

大切なことはその「文化の趣旨」であり「背景」です。昔からこの国は、多くの民族を受け入れて来ました。この狭くそれぞれが防衛行動を取る事に悲観的な社会の中で、振る舞い、言葉の意味は大きい。自分が何者であるか、あなたにとって有益な人物なのか、注意すべき人物なのか。

文化的変革を時代が起こそうとする時は、新しいマニュアルが常に必要です。

そして、恐るべき速さでの情報懸隔の崩壊により、日本人は各人が保有する「当たり前」の概念が、非常に固定化し、そのマナーや文化の意味すらも怪しい時代を迎えています。

そして、我々大人地も、子どもたちに果たしてどこまで説得力のある指導をできるでしょうか。私の親は特に世間やマナー、おつきあいの文化について明確に説明することはありませんでした。

だから自分の手で調べ、その趣旨に照らして、現代のマナーとして通用し得るものなのか。このブログの中で研究していきたいと考えております。